あかいとり の 偽ソクラテスの弁明
その日は,京都の地下鉄東西線の新区間が開業した日で,僕らはその地下鉄に乗っていた。
そもそも,過去の特定の日時を覚えていることが僕にとってはめずらしいことなのだ。その日は自分にとっては記憶に残るべき,残すべき日だったのだ。だいたい,京都は行くと決心してでかけるところで,自分の生活エリアではないし,時間さえあれば,いままでに訪問したことは数えあげることができる。誰と一緒だったのかも言える。
京都は僕にとってはそんなところだ。加茂川や河原町はそんなところだ。
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